2026年、北中米ワールドカップ決勝でスペインがアルゼンチンを破り16年ぶりの世界一に輝いた大会で、
大会MVP(ゴールデンボール賞)に選ばれたのは、得点もアシストも記録していないボランチ、ロドリ選手
でした。メッシ選手が8得点4アシストという派手な結果を残す中での受賞は一部で議論を呼びましたが、
これは「見えないリスクを管理し続けた選手」への評価だったと言えます。
彼のプレーを支えるスタッツを紐解くと、企業のリスクマネジメント(ERM:Enterprise Risk Management)に驚くほど重なる構造が見えてきます。今回は4つの傑出したスタッツをもとに、
ERM実務へのヒントを考えてみたいと思います。
目次
1.92%〜94%のパス成功率「ロストしないリスク管理」
ロドリ選手は毎試合100本近いパスを捌きながら、92%〜94%という高いパス成功率を維持します。
さらにパス供給量自体もリーグトップクラスで、中盤でボールを完全に支配することで、相手に攻撃の機会
(=リスク)そのものを与えません。中盤の底でのパスミスは即座に失点リスクへ直結しますが、彼がボールを失わないため、チームは安心して全体を押し上げることができます。
これはERMにおける「オペレーショナルリスクの最小化」に相当します。一つ一つの意思決定や業務プロセスの精度を高め、失敗(ロスト)の絶対数を減らすこと。派手な一発逆転より、日々の業務でのミスを起こさない仕組みこそが、組織全体の攻めを支える土台になります。パス本数という「業務量」と成功率という「精度」を両立させている点は、業務効率と統制のバランスを取るリスク管理の理想形とも言えます。
2.少ないタックル数・高いリカバリー率「予兆管理」による危機の先回り
パスコースを先読みして体を入れる「インターセプト」や、こぼれ球を拾う「リカバリー」の数は突出して
います。本人も「僕はスライディングタックルはしない。相手からボールを『盗む』別のやり方
(ポジショニング)がある」と語っており、リスクが顕在化する前にポジショニングで芽を摘んでいることが
わかります。
これはERMの「予兆管理(先行指標によるリスク検知)」そのものです。問題が発生してから対応する事後
対応型のリスク管理は、対応コストも損失も大きくなります。優れたリスクマネジメントは、KRI(重要リスク指標)のモニタリングによって異常の兆候を早期に捉え、危機が顕在化する前に静かに手を打ちます。
「タックル(力業の事後対応)を減らし、ポジショニング(予兆管理)で防ぐ」という発想の転換は、
企業のリスク管理部門にとっても重要な示唆です。
3.65%〜68%超のデュエル勝率「ブラックスワン(クライシス)」への耐性
190cmの体躯を活かし、相手のロングボール(カウンターの起点)を地上・空中を問わずことごとく跳ね返すロドリ選手。トランジション(攻守の切り替え)という最もリスクが高まる局面で競り負けないため、中央の守備が決壊することがありません。
企業経営における「トランジションの瞬間」とは、市場急変や不測の事態など、平時の管理体制が根底から
揺らぐ局面です。近年で言えば、ホルムズ海峡の緊張によるエネルギー・物流網の寸断リスクや、新型感染症のパンデミックによるサプライチェーン断絶など、発生頻度は低いものの一度起これば経営に致命的な打撃を
与える「ブラックスワン」的な危機が相次いで顕在化しています。こうした事態は事前の想定シナリオを
超えてくることが多く、平時の統制ルールだけでは対応しきれません。
ロドリ選手のデュエル勝率の高さは、こうした不測の局面でこそ問われる「地力」の象徴です。
ホルムズ海峡リスクに備えて調達ルートを複数国に分散していた企業や、感染症リスクを見据えてリモートでも業務が回る体制を平時から整えていた企業が、実際に危機が起きた際にも踏ん張れたように、日頃からの備えと訓練の積み重ねが、有事の局面でチームや組織を崩壊させない最後の砦になります。
4.欠場時のチーム成績急落——リスクマネジメントは「勝敗」に直結する
最も示唆に富むのが、ロドリ選手が累積警告や負傷でピッチを離れた試合の成績です。マンチェスター・シティでは、彼が欠場すると失点率が跳ね上がり、勝率が著しく低下するというデータが毎年のように現れます。攻撃陣のメンバーは変わらないにもかかわらず、守備の要が一人抜けるだけでチームの結果が明確に悪化する。これは「リスクマネジメントの巧拙が、そのまま勝ち負けという結果に跳ね返る」ことを何より雄弁に物語る
データです。
企業経営においても、リスクマネジメントは「守り」だから業績に直接寄与しないと誤解されがちです。
しかし実際には、リスクを適切に管理できているかどうかが、事業の勝敗を分ける決定的な変数になっています。品質事故やコンプライアンス違反、サプライチェーンの寸断は、それ自体が売上減・損失・信用失墜という形で企業の「敗北」に直結します。ロドリ選手の不在が失点率という数字に表れるように、リスクマネジメントの水準は、いずれ財務指標や市場評価という形で必ず可視化されます。
つまりERMは、コストセンターとしての守りの機能ではなく、事業の勝率そのものを左右する経営インフラ
です。ロドリ選手が90分間ピッチに立ち続けることでチームの勝率を支えているように、リスクマネジメント
体制を継続的に機能させ続けることこそが、企業が市場という「試合」で勝ち続けるための土台になるのです。
5.まとめ
ロドリ選手のMVP受賞は、「派手な攻撃」よりも「損失を防ぎ続けた地道な仕事」への評価でした。パス成功率が示す精度の高さ、リカバリー率が示す予兆管理、デュエル勝率が示すブラックスワン(クライシス)への耐性、そして欠場時のデータが示す「リスクマネジメントと勝敗の直結性」——この4つのスタッツは、そのまま企業のERMが目指すべき姿と重なります。成果が数字として見えにくいからこそ、その価値を正しく評価し、リスクマネジメントを守りのコストではなく勝率を支える経営インフラとして位置づけていくこと。
ロドリ選手のプレーは、ERM担当者にとって「守りの支配力」を体現する好例と言えるでしょう。
徳永 拓
株式会社GRCS 執行役員 MTシリーズ開発責任者
大阪大学大学院工学研究科卒業後、日本ヒューレット・パッカード株式会社にて、国内開発セキュリティ製品のコンサルティング、製品企画、戦略策定に従事し、市場No.1のシェア獲得に貢献。その後、2016年にGRCSに参画し、全社リスク管理をはじめとするクラウドサービス等の開発およびマーケティング責任者に就任。