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スタッフブログ

社員の社員による社員のための教育企画!

Posted by GRCS | 2019/07/26 16:30:00

こんにちは。グローバルコンサルティング部の河﨑です。

 

GRCS社では社員自らが勉強会を主催しています。今回は経営・新規事業立ち上げのリアルなケースを学びその視座を学ぶという新しい勉強会を試みました!

ご経験豊富な経営者を招いて講演していただき、最近手掛けているビジネスで扱っているワインをご紹介いただいて試飲するという企画を実施したのでその様子を紹介します。

 

今回、お呼びした経営者は、Qualcomm Japanの元顧問・社長を歴任し、現在、会津電力の副社長、アイプロダクト社社長の山田純様です。新規事業立ち上げとその取り組みを知り、経営、あるいは新規事業立ち上げの方法論を直接学ばせていただきました。

そもそもなぜ経営を学ぶ機会を設けたかというと、当社のビジネスの軸であるGRC及びセキュリティには経営的な視点が欠かせないからです。

ビジネススクールではないので、山田様には平易で分り易く語っていただきました。

 

講演演題:『ビジネスは大変だ!でも何か楽しい!』

*以下、山田様の講演内容のサマリーです

 

エピソード1:Qualcomm, Incのビジネス

創業期:

1985年アーウィン・ジェーコブズとアンドリュー・ジェームズ・ビタビを始めとする大学の研究者7名が自ら開発した先端技術を基にQualcommを設立した。社名のQualcommの由来は、QualityCommunicationsを組合せたものである。設立当初5年はプロダクトもなく、軍から受託で事業を行っていた。符号分割多源接続方式(Code Division Multiple AccessCDMA)という技術を世の中に出して使ってもらう計画であった。

標準化とIPで世界を席巻したQualcommは、ビジネススクールでもよくできたビジネスモデルケースとして、語られることも多い。CDMA方式携帯電話の実用化に成功し、成長を遂げた企業である創業当初は、携帯電話端末と通信設備の部門を併せ持ち、携帯端末製造やサポートも行っていた。しかし、その後、携帯電話端末部門は京セラに、通信設備部門はエリクソンにそれぞれ売却することとなった。

その失敗要因としては、2つある。

当時、通話料金が高く、一般消費者が手軽に携帯電話を使うには高すぎて解約が相次いだ。ビジネスを手掛ける際に電話料金等を調整してビジネスモデルを構築できなかったのである。

また、製造力は貧弱であり品質管理もなかなかうまくいかず、基地局等も事業展開していたが、通信インフラで導入されるのには、一般の大手企業は慎重であり採用されなかった。

競合の巨大企業、通信業界大手ルーセント・テクノロジーといった企業に勝てなかった。

 

大転換期:

2000年に大規模なビジネスモデル転換を図られた。Qualcommは携帯電話と基地局を製造するのを断念し、先端技術の知的財産を背景にSamsungLG,京セラ、Sanyo、東芝等のメーカーに技術供与した。モトローラ、ノキア、エリクソンやルーセントが市場を占有していた大手企業は、1つ前の旧来の技術を採用し普及させていたため、新規技術採用するのはなかなか難しかった。Qualcommはこれから市場参入する新規参入企業に対して技術供与し、当時、マーケットでシェアを占めていた大手企業と戦わせたのだ。これが、大当たりした。これがよくできたビジネスモデルと言われ、ビジネススクールで幾度となくケースとして取り上げられている。

しかし、実際に内部にいた者としては、こうしたビジネスモデルを戦略的に考えて、行ったわけではなかった。ビジネスは、結局、「運も実力のうち」で、好機に恵まれたというのが事実でもある。長年、研究開発し、スマートフォンのような端末製品を製造し、基地局を通じてサービス提供するというビジネスを本来はしたかったのだ。投資家に対しても、社内にもそう説明してきていたが、結局、泣く泣く諦めざるを得なかったのである。

垂直統合型ビジネスで、最後まで推進していきたいと社内を説得してまわった方もいたが、Qualcommの経営陣は特許技術を背景とした水平分業型のビジネスモデル事業を展開した。そもそも大学の研究者が集まって事業を始めたということもあり、サポートや顧客対応をするようなビジネスを維持するよりも、強みである知的財産を基にBtoBでビジネスをする方があっていたという。

 

停滞期:

 2014年以降は、かつて新規企業であったSamsung等が成長し、大手企業となり、独自に研究開発もできるようになったため、かつての技術供与先の顧客がライバルとなり、Qualcommの利益は伸び悩んだ。新規事業を立ち上げるもCDMA方式のようなブレークスルーとなる事業は、生まれなかった。様々な新規授業をスモールスタートしても売上高はなかなか立たず、じりじりと成長を待つような忍耐力がなく続かなかった。かつての成功体験が仇となったのである。そういった時期を経て、最近、Apple社とQualcommの和解が成立し、次世代の通信技術として5Gで先頭を走っており、5G技術を持つ対ファーウエイという旗手というポジショニングとして、また浮上していくと考えられる。

実ビジネスは様々な外部環境にさらされるのである。

 

エピソード2:会津電力とワインのローカルビジネス

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会津電力の始まり:

2011年の東日本大震災、そして、福島の原子力発電の事故を目の当たりにした。福島は田舎であり、発電地ではあるもの首都圏の電力を賄っているのみで、発電のエネルギー原料も海外から輸入され、その利益一部は海外に出ていく。福島の産業としての恩恵は、その周辺にとどまっている。現状として地方はエネルギーの通り道でしかなかった。自分たちで安全に電力を作れないかという問題意識から事業は始まった。会津電力は太陽光発発電で福島県全域に分散して小規模な発電を行っている。本当に小さな発電を各地域に遍在させていて、全て合わせても発電量もそれほどで大きなものではない。すべて合わせて5964kwほどである。一つ大きな発電所を作ってしまえばよいのではないかともいわれている。事業性は乏しいと考えている。

2012年から再生可能エネルギーの固定価格買取制度[i]が確立したことにより、会津電力で発電した電力を比較的高い価格で東北電力に販売しビジネス展開している。

 

ワイン事業の始まり

電力事業を始め、何とか経営を行っている。本当にこれがしたい事業なのか、本来、福島で電力をつくることだけでとどまってよいのか。地元福島で何かしらモノを作りたい。そして、始まった事業がワインである。震災と原発事故により、会津地域の観光と農産物は深刻な風評被害を蒙ったこともあり、放射線量の測定等も行っている。地域を安全で持続可能な循環型社会にする。地域資源をフル活用し、再生可能エネルギーと農業を組み合わせた事業を展開している。まだよちよち歩きのビジネスである。それでも地域産業を興すという事業は魅力的である。それが広大な土地をベースにしたワイン事業であり、豊かな自然と土地の農地開拓により、2013年から初めて収穫を迎えた。会津電力で発電した電力でワイン製造を行っている。地域の農家の方や会津電力株式会社など、地元の皆様と協力しながら新しい商品やサービスを開発し、地域を活性化させて行くことを計画している。

  

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*今回は、製造したワインを試飲させていただきました。

発酵がまだ続いているのか、若干スパークリング感のある
さわやかさと手作り感のある白ワインがおいしかったです。

 

 

 

主催者の感想

経営科学は事例を基にすることもあり、研究者に研究対象とされる事例となることもあります。既存のビジネスのモデルを持つ巨大企業は、既存の市場における成功体験は仇になるということがわかりました。

当社のGRCSに関わるところでは、ガバナンスの概念の1つである法規制というものはビジネスの根幹をなしているともいえます。Qualcommにおいては、電気通信事業の規制の枠組み、通信費といった普段意識しないところにも行きわたっています。ビジネスしている主体者は、新規事業を立ち上げる際にも規制要件は重要なファクターとなることを意識しなければなりません。ビジネス手続き的な話では、電力とワイン事業でも、電力の発電と供給いずれも許認可が必要です。ワイン等酒類を製造しようとする事業者は、製造しようとする酒類の品目別に、製造場ごとにその製造場の所在地の所轄税務署長の免許が必要でそういった手続き的なところにも存在します。

 

社会の仕組みとして、法規制は必要です。こうした法規制のフレームの中でどのように価値あるビジネスを展開していくかを学ぶことができました。そういった経営視点を意識しつつ、当社はどのような支援ができうるのかを考えるきっかけになった勉強会でした。

 

 

[i] 経済産業省資源エネルギー庁よりhttps://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/kaitori/surcharge.html

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